桂三四郎ブログ 落語家 桂三四郎の挑戦

落語家 桂三四郎が何かしら発信するブログ。

【話術】話の基本 長い話は面白くない!!〜話がうまくなるブログ

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桂三四郎の話がうまくなるブログ

 

長い話は面白くない!!

 

と書いて気づいた

 

別に落語が面白くないわけじゃないからー!!

 

そこは勘違いしないでね。

 

てへぺろ

 

そういや最近てへぺろって使わねぇなあ!!

 

チョベリバも

 

チョベリグも

 

超超超いい感じも!!

 

あー平成がなつかしーよー!!!!

 

あ、まだ令和になって1ヶ月経ってなかった。。。

 

話が上手くなる方法「長い話は面白くない」

 

この長い話っていうのは時間的な尺ではなくて

体感時間の長さのことね。

 

「長く感じる話」

 

は面白くないってこと

 

じゃあなんで長く感じるかというと

 

振りが長くて不明瞭で

 

オチが弱い話のことだ。

 

とにかく長々と振りを懇切丁寧に説明しているうちに

聞いている方が話に飽きてしまう。

 

それでも情熱的に長い長い壮大な振りを聞かされると

聞き流すこともできずにかなり辛い思いをする。

 

オチであまり反応できなくて

また再度説明を繰り返されるという無間地獄に陥ることもある。

 

話が上手くなる方法「喋りは省略のセンス」

漫才でも落語でもすべらない話でもなんでもそうなんだけど

どうやって面白い話をするかという大前提が

 

いかに無駄な部分を省略するか

 

という構成力が大事になってくる。

 

これができてないと到着点が見えなくて

 

行くさきのわからないトークを聞き続けることになる。

 

喋っている方は楽しいかもしれないが聞いてる方はかなり辛い。

 

同じことを経験してても

 

その時の状況を面白く話せる人と

 

なにを話しているかわからない人

 

といる。

 

何を話しているかわからない人の特徴

 

まず何を話しているかわからない人の特徴としてあげられるのが

 

あったできことを1から10まで順番に積み上げて全部話そうとする

 

人が多い。

 

青天井式に積み上げられたトークを聞いて

 

「このトーク、生い立ちから始まるんや・・・。」

 

と感想を持つ経験をしたこともあるだろう。

 

生い立ちから始まってオチが一個

 

しかもよわーいオチ

 

そして何より到着点、話のゴールが明確ではなくて話の途中で道に迷ってしまっている状態にしばしば陥る。

 

そして何より

 

「情報量が多い」

 

ということ

 

これは女性の話に多い特徴だ。

 

もちろん女性でも話が上手な人はいる。

 

ただ女性は感情が先にきてしまって状況を説明するのが遅れてしまい、男性にはなしが理解されないということがよくある。

 

女性同士で話すとオチや内容なんかどうでもよくて、共感できるポイントが多いかどうかが大事なのだそうだ。

 

この話は男性にはどうやっても理解できないらしい。

 

目的、到着点、伝えたいこと、全てが不明瞭な話を男性が聞くとパニックに陥ってしまう(笑)

 

喋りに関して

 

男性は、答えを

 

女性は共感を求めているのだろう。

 

話の構成については過去記事を参照↓

 

www.katsura346.com

 

話の上手い人、下手な人の具体例

話の上手い人は情報の取捨選択が上手い人だ。

 

余計な情報は入れず、必要な情報で話を運ぶ。

 

「いかに無駄な情報を省略することができるか」

 

ということが大切なのだ。

 

 

例えば落語家がよくやる話に

 

 

こないだ学校寄席に行って小学生の前で

 

センスと手ぬぐいを使って

 

筆で紙に字を書く仕草をした。

 

「さあ、皆さん!!これは何をしているところでしょうか?」

 

と聞いたら

 

「センスで手ぬぐいをこすってるとこ!!」

 

そのままやないか!!

 

 

という話があります。

 

さして面白い話ではないが

 

「センスで手ぬぐいをこすってるところ!!」

 

そのままやないか!!

 

のオチまで最短距離じゃないだろうか

 

これを話が下手な人がやるとどうなるか

 

こないだ、落語家2、3人で連れ立って秋田県の小学校に学校寄席に行ってきました。

 

落語をやる前に落語教室というのがありまして、落語のルールを教えたりするんですけど

 

そこで一番盛り上がるのが質問コーナーでございます。

 

センスと手ぬぐいを出して

 

センスを筆に見立てて、手ぬぐいを半紙に見立てて

 

習字で字を書く仕草をしたんです。

 

「さて、これは何をやっているところでしょうか?」

 

と聞いたら元気な男の子が

 

「はーい」

 

「はいきみ!!」

 

「センスで手ぬぐいをこすっているところ」

 

そのままやないか!!

 

 

書いていて思ったのだけど。

 

文章だと親切に説明する方が状況を想像できていいかもしれない・・。

 

話の下手な人の例の方がなんかうまく見えてしまってますが(笑)

 

これは文章だからそう見えるだけで

 

喋ってみるとまさに

 

「振りが長くてオチが弱い話」

 

です。

 

先ほども話したようにリアリティを生むために余計な情報を入れすぎている。

 

短い話の場合、声の出し方や表情仕草などが加えられているので

 

余計な情報をできるだけ見た目でカバーしているのだ。

 

「センスと手ぬぐいを出しまして」

 

という一言も実際センスと手ぬぐいを出せばいいだけの話

 

落語解説の説明も質問コーナーの説明も入りません。

 

クイズの司会者っぽく

 

「さあ、これは何をしているところでしょうか!!」

 

っというだけでなんとなく子供達に質問している雰囲気が伝わる。

 

元気な男の子がというのも最後のセリフで元気な男の子を演じればいいだけ

 

文章では、絵が見えないので伝わりづらいかもしれないが

 

文章での伝え方と喋りでの伝え方はぜんぜん違うということだ。

 

もっとわかりやすく説明すると

 

 

「鳩がなんか落としたな」

 

「ふーん」

 

 

この面白くない小噺をもっと面白くなくすると

 

 

ある晴れた日、二人の男が並んで歩いていました。

 

すると目の前を一羽の鳩がパタパタと飛んでいきます。

 

その時にはとがお尻から何か落としました

 

すると一人の男が言いました

 

「鳩がなんか落として行ったな」

 

するともう一人の男が言いました

 

「ふーん」

 

あれ!?なんか文章だと面白くなってる!!!!

 

おかしい!!

 

でも喋りだと無駄な情報が多すぎてだらだら長くなってしまうのだ。

 

自分でも新発見だったけど

 

文章のように懇切丁寧に説明すると

 

喋りはしんどくて聞いてられないということだ。

 

とにかく長い話は基本的に面白くない

 

いかに必要な情報で面白く伝えるか

 

そして、そこに脚色を加えることで本当に面白い話が出来上がるのだ。

 

長い話はおもしろくないが

 

「長いブログもたいがいやで」

 

と言われてしまわないように

 

この辺で失礼つかまつります。

 

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『話術』話がダメなやつとは受け手に対する想像力がないやつ〜喋りが上手くなるブログ

 

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桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

受け手に対する想像力

喋りというものは話し手と聞き手がいて成立する。

喋るだけの人でも聞くだけの人でも成り立たない

 

当たり前のようだけど意外とこのことを意識してない人が多い

聞くひとの立場になって考えていない話は聞いててかなり辛い

 

想像力の欠如した話しかた

 

僕が通ってた大学の先生の授業はそんな感じだった

全員とは言わないが

自分の書いた本を教科書に

マイクが拾ってるからかろうじて聞こえる声で

淡々と板書を続ける

 

こんな講義は誰も聞かないし誰の心も動かさない

 

まあうちの大学の学生のレベルはすこぶる低かったから

先生がやる気をなくしてしまうのも無理はないやろうけど

 

例:ボクシング

ボクシングを始める人はどんな人だろうか

 

強くなりたい!!

自分の強さを世に知らしめたい!!

世界チャンピオンに憧れて!!

 

いろんなタイプがいる。

ボクシングジムにプロ志望で入ってくる若者は

数は少なくなっただろうが今もたくさんいる。

今はアマチュア経験者からのプロ転向が多くなっているようだ

最近の世界チャンピオンはアマチュアで経験を積んだ人が多い

 

ヤンキー上がりで地元の喧嘩自慢でプロボクサーになったろやないか

みたいな人が多そうなイメージだけど

ほとんどの喧嘩自慢は挫折してやめていく

ボクシングはめちゃくちゃハードなスポーツで

3分間緊張状態のまま動き続けるだけでもしんどいのに

倒さなければいけない相手がいるのだ。

 

ボクシングを始めるにあたってこの想像力がない人間はすぐ挫折する。

 

ヤンキー時代は、相手を威嚇して周りの仲間と無抵抗の相手をボコボコにして強くなったつもりになっていても

 

ボクシングは、周りの仲間もいなければ、威嚇しても怖がってくれない

その上相手は自分のパンチを避けて殴り返してくるのだ。

 

相手を殴る格闘技ではなく

 

相手と殴り合う格闘技なのだ。

 

受け手のことを考えていない喋りというのは

ボクシングで例えると

「自分がずっと一方的に殴り続ける試合」

を想定して望んでるのと同じなのだ。

 

例:プロレス

いつもこのブログでプロレスのことを例えに出しているが

プロレスほど奥の深い格闘技はない

プロレスはショービジネスであって

お互いの技を受け切った上で倒す。

という前提のもとに成り立っている。

 

そうじゃないとブレーンバスターなんて絶対かからないでしょう。

喧嘩でブレーンバスターなんてかけようとしたら掴む前にボコボコにされます。

 

お互いが相手の技を受け切らずにプロレスを続けたら試合は全然盛り上がりません。

 

他にもプロレスの大前提で

「相手に怪我をさせない」

というものもあります。

 

プロレスラーの鍛え上げられた肉体で本気で技を仕掛けたら

いくら体を鍛えてるプロレスラーでも大怪我をします。

受け身の取れない技で頭からマットに叩きつけたら命の危険もあります。

だから怪我はしないけど派手に見えて痛そうな技を使います。

実際ロープに投げて帰ってきた人の顔面を思いっきり蹴ったら死にます。

あれはプロの技術で思いっきり蹴ってるように見えるけど

実際は音だけ派手でしっかり効かせないように寸前で外しているのです。

 

プロレスラーが大怪我してしまったら、次の興行が成り立たなくなりますから。

 

だから相手のことをちゃんと考えて演出するという思いやりの格闘技なのです。

 

相手のフィニッシュホールドを全然効いてないような顔をしたら相手の顔が立ちません。

 

若手がベテランの顔をビンタしたり、寝ている相手を執拗に攻撃するとマジの攻撃をされていたい目にあわされます。

リングを降りた後は大先輩に戻るわけですから。

 

お互いの顔を立てながら見ているお客さんに

「おい!!今のはマジで入ったやろ!!」

と思わせるという格闘技

 

それがプロレスです。

 

落語の場合

やっと喋りのことの戻ります。

落語は一人喋りの演芸で座布団の上に着物をきた落語家が短くて10分長くて3〜40分くらい話をする。

 

これくらいの知識で僕はこの世界に入門した。

 

はっきり言って情報不足も甚だしいし、自分目線でしか落語家という職業を捉えていなかった。

 

「着物着て座布団座っておもろいこと言うたら客笑うやろ、楽勝やん」

 

くらいのことしか考えてなかった。

 

聞く人間の立場に全然経ってなかったのだ。

 

僕が初舞台で出演させていもらったのは「地底旅行寄席」と言う一門主催の地域寄席

 

ガチガチに緊張して上がって初舞台でなんとか覚えた落語をやることで終わった。

 

「いやいや、初舞台やからこんなもんやろ」

 

2回目の舞台も「地底旅行寄席」

 

「1回目はともかく2回目は爆笑やろ」

 

緊張しながら上がった高座は一回も笑いが起こることなく終了した。

 

「え?なんでやろ?なんでこんなウケへんのやろ?他の人ウケてるのに?」

 

ウケないはずだ。

もちろん落語家として未熟であったこともさることながら

受け手のことを全く考えていなかったからだ。

 

まず地底旅行寄席は、あまりお客さんが入っておらず。

20人行かないくらいの客入り

 

閑散とした中冷ややかな空気で始まる開口一番

 

出て着たのは着物もまだちゃんと着れない

 

見たことのない22歳の若者

 

お客様は平均70代のお年寄りばかり

 

しかもこのお客様は毎回「地底旅行寄席」に来るお客様なので

前座のネタなんて聞き飽きてしまってる

 

相手のことを考えれば、まず自分が何者であるかを

自分より年上の人たちに対して嫌悪感を抱かれないような話し方

そしてネタも聞き飽きていないネタをチョイスしなければいけなかった。

 

1、2回目の若手にそこまで意識はできなくても

聞き手が自分と同世代ではなくあったまってない空気で始まる

と言うことくらいは想像できたはずだ。

 

この聞き手のことを少し想像するというだけで意識というのは自ずと変わっていくものだ。

 

最後に

島田紳助師匠の本の中で

「僕のところに年間100通ほど悩み相談の手紙が来ます。ただその全部に返信用の封筒も切っても入ってません。この少しの気遣いができないことが悩みを作ってる原因じゃないでしょうか」

という一文があった。

 

手紙を受け取る相手のことを考えていたら

 

便箋と自分の住所を書いた封筒に切ってを貼ったものを同封しているはず。

 

こちらの一方的な悩み相談になぜ紳助師匠が時間とお金を割いて答えてくれるのか

 

少し考えればわかりそうなものだ。

 

昔、僕のところにも弟子入り志願の子がきたことがある。

 

それもtwitterで「弟子にしてくれませんか?」きたのだ。

 

受け手のことを考えていたらできない行動だ。

 

twitterでは弟子入りの本気度が測れない。

 

本気でない弟子入り志願は落語家にとって失礼なことだということの想像力がかけているのだ。

 

喋りだけでなく受け手に対する想像力の欠如が相手との関係にひずみが生じる原因だ。

 

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母の日に捧ぐ〜桂三四郎の足跡

 

 

今週のお題「母の日」

 

 

 

母の日だから息子の声を聞かせようと電話したら繋がらず・・・。

 

 

 

後ほどメールが入ってきた

 

 

 

 

 

「なんか用?」

 

 

 

 

 

電話折り返してまで話す気はないという意思表示だ・・・。

 

 

 

 

 

「母の日おめでとう 息子」

 

 

 

 

 

とメールを送っておいた

 

 

 

 

 

返信はまだない・・・。

 

 

 

 

 

だいたい母の日ってめでたいわけではないしな。

 

 

 

母の日ありがとうもおかしいし

 

 

 

カーネーションもよくわからん制度だな

 

 

 

そういえば何年か前の母の日にカーネーションと一緒に大阪駅で拾った汚いぬいぐるみをあげたら信じられんくらい怒られたっけ

 

 

 

 

 

 

 

うちの母親は可愛い人なのでこのブログでもたいがいネタにしているが

 

 

 

 

 

前々から思っていたのだが、うちの母にはひとつ才能がある。

 

 

 

うちの母親は非常に絵がうまいのだ

 

 

 

これはうちの母親の母親

 

 

 

つまりおばあちゃんの遺伝だと思う

 

 

 

 

 

というのも小さい頃、おばあちゃんに

 

 

 

「スーパーマリオの絵を書いて!!」

 

 

 

とファミコンのカセットを渡したら、おばあちゃんはそこに写っていたハンマーブロスを劇画タッチで書いてくれて

 

 

 

 

 

ドン引きした覚えがある。

 

 

 

 

 

その血を受け継ぐうちの母親は絵を書くのがとてもうまい

 

 

 

似顔絵の特徴をつかむのも非常にうまいのだ

 

 

 

 

 

そんな母親の才能の一部が垣間見えるのが

 

 

 

先日のブログに書いた

 

 

 

 

 

「NINTENDO Wii」

 

 

 

の似顔絵キャラクター

 

 

 

「Mii」

 

 


 

 

 

うちの母親がWiiの中に家族のキャラクターを作っているのだが

 

 

 

 

 

とてもよく特徴をとらえているのだ

 

 

 

 

 

家族4人の集合写真がこれ

 

 

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かわいい

 

 

 

 

 

まず私、桂三四郎こと

 

 

 

「えいじくん」

 

 

 

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この目とか眉毛の感じがとても似ている

 

 

 

髪型だけは昔のものなのでいまと少しちがうが

 

 

 

かなり似ている。

 

 

 

 

 

そして隣にいるのがいもうと

 

 

 

「なっちゃん」

 

 

 

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これまた特徴をよくとらえている

 

ぎこちない笑顔

 

 

 

離た目

 

 

 

大きめの顔

 

 

 

でもそれでいて可愛げの残る感じ

 

 

 

ただ髪型は幼稚園の時のものだ

 

 

 

 

 

そして続いて

 

 

 

父親こと「みっちー」

 

 

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はっきり言ってそっくりである

 

 

 

実物の写真を載せられないのが残念だ

 

 

 

この画像にそっくりな人が神戸を歩いていたら間違いなく僕の父です

 

 

 

そのとなりにうつってるのが母親ですがこれまたそっくりすぎる!!

 

 

 

 

 

このMiiをつくった本人

 

 

 

 

 

母親こと「JENNY」です

 

 

 

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JENNY?

 

 

 

 

 

あれ!?

 

 

 

 

 

うちの母親

 

 

 

たしか日本人やったんちゃうかな?

 

 

 

 

 

JENNY?

 

 

 

JENNY?

 

 

 

 

 

なんで、じぶんの名前JENNYにしたんやろ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

こんなところで母親の遊び心に出くわすとは・・・。

 

 

 

 

 

ちなみにこのことをブログに書いていることが知れると烈火のごとく怒り狂った電話がかかってくるので母親には秘密にしていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの「Mii」で家族を登録するというのはすごくいいことだと思う

 

 

 

 

 

「Wii Fit」

 

 

 

で運動をやっていると

 

 

 

この登録しているキャラクターが登場して

 

 

 

家族みんなで遊んでいるようですごく楽しい

 

 

 

 

 

単身赴任の人や、一人暮らしでホームシックにかかった人なんかにめちゃくちゃオススメです。

 

 

 

 

 

お母さんの作ってくれたMiiのおかげで僕は寂しくなくすごしています。

 

 

 

 

 

母の日ありがとう?

 

 

 

いや、おめでとう?

 

 

 

それともご苦労さま?

 

 

 

 

 

声のかけ方はわからないが、とにかくいつもありがとうということだ。

 

 

【話術】話が上手くなる効果的な手法〜最後に一言だけ言わせてください

別に最終回じゃないよー!!!!!!

 

引っかかったな!!

 

引っかかったな!!

 

引っかかったなー!!!

 

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聞くところによると世の中にブログが毎日誕生し続けているそうだ

 

芸能人ブログであり

 

株のトレーダーであり

 

はたまた主婦のお役立ち情報であったり

 

月に何万ものブログが生まれ

そのほとんどが放置状態になっているそうだ。

 

わざわざ消す手間がめんどくさいからそのままにしているだけで死んでいるも同然

 

僕の昔のブログもいまだに残っている。

もしかしたらそっちの方が検索上位に出て来るかもしれない。

おいgoogleさんよー!!

一体どうなってんだよー!!

 

 

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

相手の気持ちを引きつけるクライマックス法

 

この記事のタイトル

 

「最後に一言だけ言わせてください」

 

という表現方法がクライマックス法というのだけど

 

聞いてる人を引きつける手法としてかなり効果的だ。

 

「最後に一言だけ」

 

と付け加えることでそのあとの言葉にスポットライトを当てることができう方法だ。

 

学校の先生がよくいう

 

「はい、今からやるとこはテストに出ますよー!!」

 

と似たようなことだ。

聞いてる人に「これはアバタにとって大事なこと」なんだと思わせるということを入れることで話にメリハリをつけることができる。

 

伝えたいことにスポットライトを当てることでより伝わりやすく演出するやり方が「クライマックス法」だ

 

クライマックス法の具体例

このスポットライトの当て方

はっきり言ってどんな言い方でもいい

ただ「最後に一言だけ言わせてください」だと

最後の最後まで使えないじゃん

 

ということで他の方法もあげてみると

 

「私が最も伝えたいことはこのことなんです!!」

 

「ここだけはしっかり覚えて帰ってください!!」

 

「私は今日はこのことをみなさんに話すために来ました!!」

 

「私のことは嫌いになってもAKBのことは嫌いにならないでください!!」

 

あれ?最後変なの混ざってる!!!

 

いや、あっちゃんの名台詞は変じゃねえわ!!

 

てか前田敦子のファンでもねえわ!!!

 

好きか嫌いかで聞かれたら

 

好きだわ!!!!

 

あたりめえだ馬鹿野郎!!

 

とにかく、この話で一番重要なところをちゃんと前置きした上で話すことですごく効果的になるのだ

 

普通のことでも特別になる

 

今よくテレビに出演されてるカリスマホスト

 

「ローランド様」

 

僕はローランド様が好きで高飛車なホストなのに

どこか可愛げというか隙というのがあって

ツッコミどころ満載なところがすごくツボ

 

このローランド様の締めの挨拶でクライマックス法がゴージャスかつエレガントにそして煌びやかに使われていた。

 

「じゃあ最後にいつものやつやります!!

 

世の中には3種類の人間がいます。

 

俺と

 

ここにいるみんなと・・・

 

それ以外

 

どうもありがとう!!!!!!」

 

めっちゃ普通のこというた!!!!

 

クライマックス法を使えば普通のことでも

ありがたく聞こえるということを

「ローランド様」

が示してくれました。

 

「最後に」という言葉に人は引かれる

やはり「最後」というと人は興味を引かれる

引退試合であったり

千秋楽であったり

ツアーファイナルであったり

閉店セールであったり

ファイナルファンタジーであったり

 

いやファイナルファンタジーいつファイナル迎えるねん!!!

 

スピンオフも含めて何作品出してるねん!!!

 

ファイナルファンタジーファイナルいつ出るねん!!

 

「エフエフ」って呼んでた?

 

僕は「ファイファン」って呼んでたよ

 

どうでもいいわ!!!

 

とにかく「最後」という言葉はなんか人の注意を引くのに効果的ではある。

 

先輩の漫才コンビで「ロシアンモンキー」さんというコンビがいた

 

めちゃくちゃ漫才が面白く、ボケのすーなかさんのキャラも面白いし

ツッコミの川口さんのツッコミの間、仕切りのうまさ、人当たりの良さ

前説キングとも呼ばれていて

M-1グランプリ決勝の前説をやった際は決勝進出者よりもウケていたんじゃないかと言われたくらい凄腕の漫才師だった

 

ただ残念ながら人気がなかった。。。

 

その当時のお笑いブームはイケメン芸人ブームで、イケメンの漫才コンビが超人気でテレビに出てなくても全国ツアーをやってしまうくらいの人気っぷり

 

若手の漫才は実力もそうだが人気もないと上にいけない。

 

大阪所属ならあっという間に売れてたかもしれないが東京では実力が正しく評価されなかった。

 

そのロシアンモンキーさんが解散ライブをやることになった。

 

同期のマキシマムパーパーサムさんも合同での解散ライブだ。

 

マキシマムパーパーサムさんも実力はあったがそこまで人気がある方ではなかった

 

なのに

 

ルミネTHEよしもと600席のチケットは即日完売

 

「妖怪客減らし」とまで呼ばれたロシモンさんの最後のお笑いをみるためにお笑いファンが集結したのだ。

 

「なんで解散するんですか?って、あんたらがいつも見にこんからや!!!」 

 

 解散させないように支えてあげるべきなのだ。。

 

だから今、好きなアーティストや好きな芸人や好きな桂三四郎がいたら

 

すぐに寄席や落語会や「桂三四郎研鑽落語会」を見に行って欲しい

 

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 いや桂三四郎縛り!!!

 

 今あるものがいつまでもあるとは限らないから!!

 

 

 

 

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全ての人をファンにする考え方〜喋りがうまくなるラジオ

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僕が落語家を生業にしていることで

 

すごく大事にしていることがある。

 

落語家だけじゃなくショービジネスの世界は

見に来てくれるお客様がいてなんぼの世界だ。

どれだけ芸がすごかろうとショーの内容が

素晴らしくても

誰も見に来てくれなかったらなんの意味もないのだ

 

友達でもお金を払って見に来てくれるのだから

本当につまらないものにはお金を払いたくない

例えば入場料が2500円だったとしたら

2500円以上の感動や喜びという価値をあたえないと

次は見に来てくれなくなる。

 

もちろん僕も今まで散々いろんな人に

「落語会にきてください」

と言ってきた。

というか落語家になって会う人全てに言ってきたかもしれない。

 

今は見にきてくれた人に満足してもらえる

芸ができるようになったと自負しているが

 

まだ入りたての時は未熟な芸を友達に見せて

気まずくなってしまったことも少なからずある。

 

「友達に見せても仕方ないっしょ」

 

という意見もあるが

 

友達も見にきてくれないものを

一般の人が見にきてくれるとは思えない

 

今、落語界はレベルが高い

上の世代、下の世代は知らないが

 

僕らの世代はレベルが高い

10年から15年の落語家の会に行けば

みんなお客さんを楽しませる武器を一つは

持っているし

みんな上手い

 

インターネットやSNSの恩恵を

もろに受けた世代なので、集客方法や勉強する材料

20年前と比べてかなり環境は良くなっているはずだ

 

お客さんも情報が手に入りやすくなっているので

いろんな人のいろんなネタを比べることもできたり

その人となりや落語家の情報が手に入りやすい

 

インターネットがない時代は

お客さんも落語家に対する情報がないので

 

セコい落語家は

自分より確実に下手でウケない落語家

を先に出しておいて

ゲストも下手でウケない落語家を出して

 

自分が登場してそこそこのウケでも

下手な落語家との差で自分の実力をアピールする

 

昔はかなり効果的だったのだろうが

今は情報が手に入りやすくなっているので

それがセコいやり方だとバレてきているのか

他にもっと面白い落語家がしのぎを削っている

落語会があるとわかられてしまって

効果は薄れてきている。

 

でも効果はないことはない。

でもそれをやってしまうことは

自分の芸の研鑽を諦めてしまった人間のやることだ

 

ごく稀に、芸の研鑽も怠らず

この方法を効果的に使って成功しているすごい人もいるけど

 

比較されることが多くなったからなのか

成長は著しい

これからの若手はもっとかもしれない。

 

談志師匠は昔、著書の中で

「落語を観に来る文化は終わった。これからは落語家を観に来る時代だ」

と書かれていたが今はそれが特に激しくなっている

 

独演会をやれば即完売の落語家もいれば

 

Twitterで

 

「独演会のチケット死ぬほど余ってまーす。拡散希望」

 

と自虐的にtweetし続ける落語家もいる。

 

え?桂三四郎はどうだって?

 

僕は独演会で手ぬぐいを発注しすぎて

大量の在庫を抱えてネットショップを立ち上げた

 

落語のできる手ぬぐい屋さんです!!!

 

まだ売ってるよー!!!

 

https://346tenugui.thebase.in/

 

おかげさまで450本発注して400本お買い上げいただいたよー!!

 

あと50本しかないよー!!

 

↓桂三四郎手拭いを絶賛する後輩たち

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独演会のお楽しみ抽選会で景品にしよかな

 

いや、独演会でお楽しみ抽選会だけはせえへんわ!!

 

手ぬぐいよかったらこうてね💕

 

とにかく「落語」というだけで人を集められる時代ではなく

 

「落語家」という「人」を観に来る時代であるということだ

 

芸というものはある日突然覚醒するものではない。

 

薄皮を一枚一枚重ねていくようなもので

ある日スポットライトが当たると思っている。

 

「芸」で人を集められるようになるまでは時間がかかる

 

お客様に選択の自由があるので

 

お客様に「選んでもらえる人間」にならなければいけない

ということ

 

僕らにとっては関わる人全ての人がお客様だ

 

だから自分に関わる人全ての人が自分のファンになってもらえるように意識しなければいけない。

 

これはうちの師匠に言われたことなのだが

 

「身内にファンを作れ」

 

身内に一人ファンを作るとその人が味方になってお前を盛り立ててくれる。

 

だから関わる人を一人一人味方にするという意識を持つことが大事だと教えられた。

 

関わる人をファンにしようと思ったら普段からの生活が大切だ。

 

ポイ捨てするやつのファンになりますか?

 

歩いてる時にちょっと邪魔だと思った人をわからんように突き飛ばしたりする人のファンになりますか?

 

そういう人間性というのは少しずつ表ににじみ出てくる。

 

じゃあ、生真面目だったらいいのかというとそうでもなく

 

ある程度の「隙」「かわいげ」がないといけない。

 

僕はなかなかに可愛げがない人間なのでここが難しいのだけど

 

愛(う)いやつにならなければいけないということだ。

 

結局人間力が大事なのだ。

 

関わる全ての人をファンにするという意識を持つと

 

世界が変わるかもしれない。

 

 

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【話術】話が上手くなる考え方「頭の記憶ではなく心の記憶で話す」〜喋りが上手くなるブログ

 

桂三四郎の喋りが上手くなるラジオ

 

こんつわ!!

 

毎日ブログ更新しているよ〜!!!!!

 

令和になってから桂三四郎は生まれ変わっているよー!!

 

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寝起きでもこんな感じの美少年!!!!

 

話が上手くなる方法「頭の記憶と心の記憶」

僕は落語家を15年やって来て、喋ってる最中に内容を忘れてしまうということが何度もあった。

 

というか、ネタを一個喋り忘れたまま終わって

 

「あ、あのネタ話すの忘れてた!!」

 

ということは何度となくある。

 

落語でも新作ネタおろしの時などは

 

「あ、あそこのギャグ一個抜けてた!!」

 

は常々ある。

 

人間の記憶なんてそうそう簡単に固まるものじゃないし

緊張感の中にいるとプロの僕でも喋ることが抜け落ちることはざらにある。

 

話が上手くなる方法「頭の記憶」

 

落語を覚える際にうちの師匠桂文枝からよく言われているのは

 

「落語が腹に入るまで稽古せないかん」

 

ということ

 

「腹に入る」という表現は言い換えれば

 

「心に刻まれるまで」

 

という言い換えることもできるだろう。

 

頭で記憶しているだけのものはやはり抜け落ちやすい

 

もしかしたら

 

「短期記憶」と「長期記憶」

 

なのかもしれないが

 

頭で記憶しただけのことはなかなか記憶に刷り込まれにくい

 

僕が15年で完全に落語が飛んで真っ白になったときは1回だけ

 

入門して3回目の舞台だ。

 

落語をやってる最中に

 

ちょうど目線のところにいた女の人が

笑顔のままゆっくり目をつぶって寝てしまったことに動揺して

 

「この人ねたー!!笑顔でねたー!!!なんでー!!笑顔で見てくれてたやん!!僕のこと好意的に見てたんと違うのん!!ねたー!!!」

 

となってめちゃくちゃに動揺してしまったのだ。

 

頭が真っ白になってそこからのセリフが全くわからなくなって

 

ただオチだけは覚えてたのでそこから無理やり喋ってオチまで持っていって無事着地を下が心の中は全身複雑骨折で瀕死の重傷だった。。。

 

結局、腹のなかに噺が入っていなかったので、集中力が緊張感に負けてしまった結果

落語のネタが飛んでしまったのだ。

 

心の記憶

 

「腹に入れる」

 

ということについて先ほど書いたが

 

頭の記憶より心に記憶されたものは取り出すのが容易なのだ

 

中学校の時、修学旅行での夜の出来事

 

友達と会った時にそのはなし、練習しなくてもスラスラ話せるでしょ?

 

生まれて初めてのデートやファーストキスの思い出

 

すぐ思い出せるでしょ!!思い出せるでしょ!!

 

思い出せるでしょー!!!!

 

心の中に深く刻まれた記憶はなかなか消えることはない

 

マイナスの記憶も同じことが言える。

 

トラウマはその嫌な思い出が心の記憶に深く刻まれているのだ。

 

落語もそうで、自分で勝手に覚えたネタ(基本的にはダメ)なんかは

腹に入るまでものすごく時間がかかる。

 

そして、すぐ忘れる。

 

きちんと稽古してもらったことはその時の思い出が心に残っているから忘れないし

すぐに思い出せるのだと思う

 

新作落語は稽古がない分、そういう記憶は少し時間がかかるかもしれない。

 

古典落語は、生まれて初めて聞くネタではないからより覚えやすいということはあるけど。

 

話が上手くなる方法「心で話したことは心で聴く」

 

心の記憶で話している時

 

相手は心で話しを記憶する

 

頭の記憶だけで話している時は頭で記憶する

 

どちらの方が記憶に残るかは先ほど話した通りだ

 

結婚式のスピーチでも新婦の親友の心のこもったスピーチは

 

たとえ細かい内容は完全に記憶していなくても心震わされた記憶は残っている。

 

新郎の上司の主賓挨拶なんて誰も覚えてないし

 

そんなことがあったことすら誰も覚えていない

 

人前で話す時に

 

「心で話す」

 

ことが何より大切だ。

 

そんな簡単にできることじゃないし

 

僕自身もまだまだ修行中だが

 

意識しなければ絶対にできないことなので

 

「心で聞き」

 

「心で覚え」

 

「心で話す」

 

こうすれば必ず聞いている人の

 

「心を動かす」

 

ことができるようになるだろう。

【話術】ダラダラ喋るな!!会話は弾ませろ!!〜喋りが上手くなるブログ

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

長い長いGWがやっとこさ終わりましたね!!!

 

どうなんでしょう、皆さんいかがですか?

 

充実したGWになりましたか?

 

なるほどそうですか。

 

え?

 

返事をしていないって?

 

大丈夫です。落語家を15年やると皆さんの心の声が聞こえるようになるんです。

 

その聞こえた声が皆さんの本当の心の声かどうかはわかりませんが

 

聞こえましゅ。

 

あ、かんでもた。

 

僕のGWはネタを考えまくって疲弊しまくっていました。

 

考えて考えて全ての煩悩を振り払って朝起きたら

 

こんな顔になっていました。

 

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会話術について

 

「落語を聞けば話が上手くなる」

 

とよく言われる。

 

落語家とは喋りのプロフェッショナルで

落語を聴くことでその話し方の構成

心を打つ話し方

いろんなことが勉強になって

話が上手くなる

 

これは誰が言い出したのかはわからないが

 

聴くだけで話が上手くなるということはないと思う。

 

実際喋りが下手な落語家はいっぱいいるし(笑)

 

落語というのは一人喋りの芸であって

その喋り方や息づかいというのはかなり独特で

1対100とかの対多人数の喋りには活かせられるとは思うが

1対1の対話で落語の喋りというのは活かせられないはずなのだ

 

1対1で話してるときに落語家みたいにずっと自分のことばかり話してたら

 

多分嫌われる。

 

「するっていと何かい?」

 

とかいたら絶対嫌われる。

 

「カラスかあで夜が明けて」

 

なんか言おうものならカラスもなく前にLINEをブロックされるだろう

 

会話が上手くなりたかったら落語より漫才

 

漫才は相方との会話で観客を笑わせる芸だ

 

漫才と一口に言ってもコント漫才ではなくしゃべくり漫才の方だ

 

あの漫才は掛け合いで簡単に笑いを起こしているように見えるが

めちゃくちゃ計算されていて、セリフも実は毎回一言一句変わらなかったりする

それをさもアドリブで言っているかのように見せて笑わせる芸だ

 

落語もアドリブで言っているように見せるということに関しては同じだが

落語の方が着物を着て座って演技して・・と表現する要素が多い分難しい

 

別に漫才が簡単と言っているわけではないが

落語より漫才の方が笑いを取るのには圧倒的に効率がいい

 

あの会話劇は本当に計算されていて

 

ツッコミの一言、ボケの一言、

 

ボケの人間のキャラ、目線、顔、声の大きさ

 

全て計算されている。

 

M-1の決勝の常連になる漫才コンビなんかめちゃくちゃ計算して漫才を作っている

そしてその計算をいかに見せないかという究極の会話劇なのだと思う

 

会話の極意は「聞き方」「振り方」「思いやり」

会話の内容ももちろん大事なのだが

意識として大事なのがこの「聞き方」「振り方」「思いやり」だ

その中でも一番大事なのが「思いやり」

会話の極意は「思いやり」に尽きると言っても過言ではない。

 

相手に興味を持ってあげる。

 

一番理想なのは相手のことを好きになってあげるということ

 

好きになってあげるとその人の言うことに新鮮なリアクションも取れる、素直に聴くことができる。

人間好きになられて嫌がる人は少ない。

一方的な好きを押し付けられて迷惑することもあるだろうけど

人間として好意を持たれたら嬉しいものだ。

 

究極の思いやりは相手のことを好きになることだけど

はっきり言って早々好きになれるわけもなく

せめてその人に対して「親切」にすることはできるはずだ

 

相手が何を求めているのか

どんな話をしたら喜んでくれるだろう

どんなことを話を引き出してあげたら喜ぶだろう

 

と言う気配り

 

そして聞いている時の自然なリアクション

 

この自然なと言うのがとても大事

 

人間は違和感というのを嫌うので

アホのキャバクラ嬢みたいに

 

「えー、すごーい!!やばーい!!」

 

というなんの気遣いもないコピペの褒め言葉で喜ぶ人間なんていない。

 

会話といのはプロレスなんです。

 

相手の技を受け切ってあげる

こちらが技をかけるときは相手に怪我をさせないように

それを見ている側に

「今のはマジやろ!!」

に思わせるという思いやりの格闘技「プロレス」

 

会話も同じです。

 

相手の話を聞いてあげる

こちらが話すときは相手を傷つけないように言葉を選んで

話は嘘でもいいから楽しく脚色することで

「嘘みたいな話けどおもろいな」

と思わせるリアリティ

 

テレビのバラエティ番組なんてめちゃくちゃ思いやり

 

めちゃくちゃきついことを言っているようだけど

プロの技術で笑いに変えている。

 

それについては過去記事を見てください↓

 

www.katsura346.com

www.katsura346.com

 

まとめ

 

とにかく

 

話を弾ませるには

 

相手の話を盛り上げる聞き方

相手が話したがっている話題の振り方

そして相手がどう喜んでくれるか考えるという思いやり

 

この3つを意識することで

 

相手が自分のことを好きになってくれれば

自ずと相手も同じことを返してくれるようになるはずだ。

 

 

大空美希さん〜桂三四郎の足跡

これは2015年9月20日の過去ブログです。



ヤングタウン日曜日を毎週お聞きの方は耳にしたことがあるだろうこの方


演歌歌手の大空美樹さん

 

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鶴瓶師匠の昔からの知り合いの方で


CDを出すたびにヤングタウン日曜日に告知に来られます。


写真で伝わるかはわからないが


相当な天然ボケの方で


全てがどんぶり勘定で生きている。



『こんどCDを出すんです!!』


いつでるんですか?



『6月の何日かです!!』



いま9月やん。。



どんぶりやな~



KinKi Kidsでも、Best10から外れるくらいの期間よそれ。



『新曲「ジブラルタル海峡を越えて」です!!』


まてまて


どこやそれ?


『ポルトガルにある海峡です。』


調べてみたらイベリア半島のスペインおよびイギリス領ジブラルタルとモロッコの間の海峡だった。


どんぶりやな~!!


ここまで、自分の歌の知識がない方もめずらしい。。


大空美樹さんは、演歌歌手を10年続けてらっしゃるので歌はほんとにお上手で


作曲の先生も作詞の先生も演奏の方も素晴らしい方なのだろうが


突っ込みどころが多すぎる。



曲の内容をざっと解説すると



ある女性が本当に好きな人と別れて



明日、別の男性の元に嫁いでいくことになった


遠くジブラルタル海峡を越えて


私のこころは異国にきてもあなたのことを思ってます。




みたいな感じだ



まず僕がこの歌で疑問を持ったのは女性の国籍


この女性はいったい何人なの?


日本人ではないだろう


日本人が、母国の男を捨てて単身スペインまたはモロッコに嫁ぐとは思えないし


ジブラルタル海峡を越えなければいけないので

モロッコに嫁ぐとしてもなぜかスペイン経由で

スペインに嫁ぐとしてもモロッコ経由で嫁ぎにいくという


死ぬほど効率の悪いルートを採用することとなる。


日本でいうと


青森にいく用事があるのに


一回札幌まで飛行機で行って


船で津軽海峡を越えて青森にいくようなもんだ。



ジブラルタル海峡を越えて嫁いでいくということは


ヨーロッパ~アフリカ大陸間にあるジブラルタル海峡を海路で移動するということだ。


飛行機で移動すると地中海を越えてになってしまうからね。


しかも遠くジブラルタル海峡を越えてということはユーロ圏ではないだろう


ユーロ圏は陸路ならパスポートなしで移動できるのでそんなに遠くないかも



だから僕の解釈では



おそらく



アフリカの原住民の娘が、ヤギ40頭と交換に嫁に出されることになったその相手が




飛行機嫌いのスペイン人で





娘は、幼馴染であるライオン狩りを達成した村の英雄と相思相愛だったのだが




ヤギ40頭に目が眩んだ父親のせいで




アフリカ内部からモロッコを経て




遠くジブラルタル海峡を越えてヨーロッパに行くことになった





娘はいまや完全に、ユーロ圏の人間で





株式投資にFXまでこなしちゃう敏腕トレーダーだが



いまも、ハミガキをするたびに



あのライオン狩りの英雄のことを思い出している。



と、こんなところだろう。。


そんなことを考えながらブログを書いていたら


電車の中にパソコンをわすれた。。


大空美樹さんの歌はジブラルタル海峡を越えてどこにいくかわからないが



僕のパソコンは、遠く姫路を越えて播州赤穂まで連れていかれることになってしまった。



頼むからパソコンあってくれよ~。。。。。。


【話術】嘘も方便、女性は嘘でも褒められたい〜喋りがうまくなるブログ

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桂三四郎の喋りがうまくなるブログ

芸人の嘘について

落語家なんて人間は嘘ばっかりついてご飯を食べています。

 

芸人というものの喋りは真実の部分と嘘の部分で構成されています。

 

これはどんな芸人でも一緒です。

 

なぜなら芸人の喋りはエンターテイメントの喋りであって

 

報道ではないので聞いてる人を楽しませるために多少の話を盛って話す。

 

これは嘘というより、誇張・脚色・演出と言ったほうが正しい。

 

事実についての誇張・脚色の割合や演出の配分というのがその人に喋りのセンスになってくる。

 

島田紳助師匠は

 

「事実が20%あればあとは脚色でええ」

 

とおっしゃってるようにスペシャリストになれば2割で面白いリアリティのある話が作れるが他の芸人がこれをやるとあまりにリアリティがない話になってしまう。

 

いくらすごい話でも嘘丸出しの話なんて誰も信じないからだ。

 

女性は嘘でもええから褒められたい

 

ただ、嘘丸出しでも受け入れるのが女性だ。

 

女性は嘘でもいいから褒められたい。

 

例えば50代中頃の女性に

 

「え〜!!お若いですね!!まだ30代前半くらいでしょう!!」

 

はっきり言って50代の女性が30代に見えるわけがない。

あの美しい黒木瞳さんですらどう見ても30代には無理がある。

 

でもこれを言われて

 

「ふざけたこと言わないで!!30代に見えるわけないじゃないの!!お会計して!!」

 

と怒る女性は存在しない。

 

まじで存在しない。

 

もしいたとしても帰ったらまず鏡を見て

 

「もしかしてホントかしら」

 

と思う。

 

女性というのはテンションをすごく大事にする。

テンションを上げるということを何より重要視するので

テンションを上げてくれる人を好みます。

 

どんなときテンションが上がるか

 

褒められたとき

美味しいものを食べたとき

プレゼントをもらったとき

非日常を味わったとき

 

いろんなことでテンションを上がりますが

全て自分にプラスになることです。

当たり前ですが自分にプラスを与えてくれる存在が好きなのです。

 

だから嘘でもいいから褒められたいのです。

 

これが男だったら見え透いたお世辞で喜ぶ人はいません。

なんなら嘘丸出しのお世辞を受けると、何か騙そうとしているのじゃないかと疑います。

男は褒められることよりも自分の能力、存在意義を認められることを好みます。

 

「すご〜い、かっこい〜。めっちゃタイプ〜」

 

と嘘丸出しで褒められるより相手の能力がわかった上で

 

「私はあなたが必要です。」

 

と言われる方がよっぽど喜びます。

 

褒め方については過去ブログのこの記事を参照ください 

www.katsura346.com

 

嘘も使いよう

世の中は嘘であふれています。

世の中に嘘が全くなくなったら常に戦争になります。

ある程度の嘘は潤滑油でもあります。

 

相手を傷つけない

 

相手を幸せにする目的の嘘ならついてバンバンついていいのです。

大事なのはつき方と目的

 

ただし相手を騙すための嘘はいけません。

 

それに嘘とおいう言葉が悪いですね。

 

嘘ではなく、脚色、演出

嘘つきではなく役者だと思えばいいのです、

 

 

面接での演出

 

これに関してですけど、僕は今まで就職活動をしたことがないので詳しいことは言えませんが

 

就職の面接なんて、最たる例じゃないでしょうか

 

履歴書やエントリーシート等の書面は嘘をつけません。

 

僕がもし履歴書にテンプル大学卒業後ハーバードでMBA取得と書いたら完全なる経歴査証です。

 

なんならショーンKと呼ばれてもおかしくないです。

 

ただ面接で、その人の人間性はなかなか見抜けません。

 

どれくらいの時間面接するんでしょう。

 

1時間2時間ということはないはずです。

 

長くても20分くらいでしょうか、そんな短い時間でその人の人となりがわかるわけがありません。

 

人間性やその人の持ってる能力なんて

 

味噌汁の味見みたいに一口飲んで全体像がわかるわけではない

 

面接の短い時間でその人間を判断するなんて土台無理な話。

 

だからその10分ないし20分間だけ、自分のいいところだけを演出するわけだから

 

面接というもの自体が嘘発表会みたいなもんなんじゃないだろうか

 

そんな短い時間で嘘を見抜くなんて多分無理

 

でも嘘がつけないところもある

 

それは

 

感じがいいかどうか

 

パッと見た印象がいいかどうか

 

これはその人が今までの人生でまとってきた空気感というか雰囲気というものが出てしまう。

 

嫌な奴には嫌な空気が出ているし

 

胡散臭い奴には胡散臭い空気が出ている。

 

もちろん怖い人には怖い空気が出ている。

 

 

こればっかりは嘘がつけないので日頃からの人間修行が大切だということだ。

 

【話術】緊張感を克服する3つの方法〜喋りが上手くなるブログ

 桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

0話になりましたね。

 

ちゃうちゃう

 

令和や令和!!

 

僕のMacBook Airではこの「令和」という文字は一発変換されません。

 

今や「神田松之丞」も一発変換されるのに!!

 

ちょっと前まで「神田松」まで入れてから「菊之丞」って入れて「菊」の字を消してたのに!!

 

雲の上に行っちゃったよー!!!

 

いや、変換の世界では桂三四郎は一発で出るわ!!

 

変換の世界ってなんやねん!!

 

とにかく令和になってどうですか?

 

なるほどそうですか、それは何よりですね。

 

いや、このブログを読んでくださるという心の清い方は最高の令和の迎え方をしてるのです。

 

私ですか?

 

私は23時59分頃にバランスボールの上に腹ばいになって

 

「平成から令和にかけてバランスをとり続ける男」

 

という遊びをしていて

 

お気に入りの植木鉢を蹴飛ばして割りました。。。

 

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令和になった瞬間は

 

蹴飛ばされた植木鉢を呆然と見つめながら

 

テレビに映る渋谷で騒ぐバカと道頓堀に飛び込むアホを横目に見ながら

 

割れた植木鉢を片付けをしました。

 

僕の身代わりになってくれたんだと考えましょう。

 

緊張感はプラスになる

 

人前で喋る時ってすごく緊張しますよね。

 

頭が真っ白になって

パニックにおちいり

喉はカラカラになり

なのに汗はダラダラ

ろれつが回らなくなり

ひどい時は吐き気すらもよおす

 

僕たちプロでも緊張はします。

 

流石に上に書いたような状態になってしまって人前で話ができるような状態に陥ることはないけど

軽いパニックくらいにはなることはあります。

 

じゃあ寄席や普通の落語会で毎回緊張するかというと

 

はっきり言ってしません。

 

めちゃくちゃリラックスした状態で舞台に出ているかもしれません。

 

それは単に「慣れ」であり「日常的」に上がっている舞台だからということだからであって緊張感を克服しているわけではない。

 

サラリーマンの方が会社に行って仕事を始めるのに緊張しないのと同じです。

 

ただ、この緊張感というのはありすぎてもいけないがなさすぎるのもよくない。

 

程よい緊張感を保ちながら頭の中が冷静であることで自分の力を発揮することができる。

 

適度な緊張感はプラスに働くのだ。

 

緊張の原因その1

 

緊張の原因の一つは「不安」です。

人間初めてする行動には不安が伴います。

初出社の時は緊張したでしょう?

僕も初めて舞台に上がる時はめちゃくちゃ緊張しました。

 

それは今まで自分が経験したことのない未知の分野へ挑む時

先の予想、見通し、着地点が見えてないことに対する不安が大きい

 

やったことないことをやる時は

誰でも緊張するのです。

上手くいくかどうか、失敗するんじゃないか

想像することによって不安が生まれ

失敗したくないと思うことによって緊張します。

 

これが原因の緊張感の克服には

 

「経験」

 

しかありません。

 

経験値を積む以外克服方法はないのです。

え?じゃあいつまでたっても初めてやることに対しての緊張感は拭えないってことか?って?

初体験の緊張感はぬぐえません

ただ、その初体験をたくさん経験するということによって

初体験の緊張の度合いを軽減させることはできます。

 

簡単にいうと「初体験の緊張感に慣れる」ことが

経験値を積むとうことなのです。

 

緊張の原因その2

 

次にあげられる緊張する原因は「自意識」です。

 

やはり何かに挑戦する時に誰しもが思うのは今から行うことを成功させたいと思う気持ちです。

 

僕たちでも緊張するのは賞レースであったり、テレビ局の力のある人だったり、はたまた好きな女の子が見に来ていたり・・。

 

いろんなパターンがあるけどその時の気持ちは一つ

 

「いいところを見せたい!!」

 

という気持ちが働くこと

 

「このチャンスを逃したくない!!」と鼻息を荒くして肩に力が入っている時に

 

めちゃくちゃ緊張します。

 

「笑わせたい」「いいところを見せたい」

 

という「自意識」が「過剰」になってしまう

 

「自意識」というのはすごく大事なのだけど「過剰」であることが緊張の原因

 

「自意識過剰」になることによって自分の本来の実力の150%とか下手すれば200%の力を発揮しようと思ってしまうとその50%分または100%分のがギャップが生まれることによって緊張感を生み出してしまうのだ。

 

この緊張感を克服するにはこの「自意識」を「他意識」に変えること

 

僕らでいうと自分が認められたい、チャンスを掴みたいという自意識を捨てて

 

お客様さえ喜んでくれたらOKだという意識にかえる。

 

本当いうと「無心」になることがベストなんだけどこの話をすると仏教とか禅宗の話になってしまうので違う機会に。。

 

とにかく自分が、認められたい!!褒められたい!!という欲求を捨てることが緊張感を克服する方法の一つだ

 

緊張の原因その3

あとのもう一つの緊張の原因は「準備不足」です。

 

準備が万全でないとやはり不安を感じて緊張します。

 

この緊張感の恐ろしいところは事前準備を怠るという慢心によって

直前に緊張するのではなく

最中に緊張し始めるということです。

 

喋っている最中に「あ、ここどんな感じで喋るんやったかな?」とか「あれ?この後なに喋るんやったかな?」と集中力が乱れ出してくると先行きが不安になって緊張してきます。

 

この緊張はもうぬぐえません。

この緊張の後に残るの後悔と激しい自己嫌悪です。

「稽古不足を幕は待たない」という夢芝居の歌詞にもあるように

事前準備を怠ると絶対にうまくいきません。

 

この緊張を克服するには「事前準備」の徹底以外ありません。

 

事前準備に関する過去記事はこちら↓

www.katsura346.com

 

 

まとめ

僕たち落語家は舞台に出るのが日常であって常に人前で喋る緊張感と対峙している。

これは一般の人にかなり特殊なことで、芸人ほど緊張感に慣れている職種はないのではないか。

 

でもそんな芸人でも、緊張はする。

 

「経験不足」

「自意識過剰」

「準備不足」

 

この3つを補うことで緊張感を払拭して自分の力を100%に限りなく近く発揮することができるはずだ。

 

↓voicy でもこの件について話しています。

voicy.jp

どんな自己啓発本よりも心に刺さった『千原せいじ「がさつ力」』

僕はあまり本を読まない。

 

基本的に本を買うことはなくて、お客様に頂いたオススメの本を読むくらいしか本を読んでいない。

 

別に本が嫌いなわけではなく

 

もともと本が好きで、本を読むのがめちゃくちゃ早いので文庫本なら1日であっという間に読み切ってしまう。

 

もちろん得意な本、苦手な本というのもある。

 

オリジナルの世界観のオリジナルの単語が出てきまくる本は頭がちんぷんかんぷんになってしまうこともある。

 

特に仕事で締め切りなんかで追い込まれているときなんかは本を読んでも文章が頭に入らなくなることから最近は全然本を読まなくなった。

 

本を読まなくなった代わりに動画配信サービスをめちゃくちゃ見るようになった。

 

今の所「hulu」か「Amazonプライム・ビデオ」を使っているが

 

「hulu」はドラマ

 

「Amazonプライム・ビデオ」は映画かお笑いの動画を見ている。

 

その「Amazonプライム・ビデオ」で全部見ているのが

 

千原兄弟さんの

 

「チハラトーク」

Amazonプライム・ビデオ『チハラトーク』

千原兄弟さんは僕が中学生の時に「すんげーベストテン」というランキング形式のネタ番組でMCをしていて

 

その番組のコーナーで「バカトーク」というコーナーがあった。

 

千原兄弟の二人がただ喋るというコーナーなのだけど、僕は本編のネタよりこのコーナーの方が好きだった。

 

その「バカトーク」がおそらく今の「チハラトーク」の前身なのだろうけど

 

僕は中学校の時からずっとこの二人のトークのファンだ。

 

「Amazonプライム・ビデオ」で配信されているのでぜひおすすめです。

 

GWに予定ない人はいいかも

 

その「チハラトーク」では基本的に千原ジュニアさんが中心にトークをする。

 

もちろん千原せいじさんも話をするのだけど。比率でいうと8:2位の割合

 

その「チハラトーク」の魅力はもちろんジュニアさんの卓越した話術であるのはもちろんなんだけど

 

いつの間にかせいじさんのトークの虜になっていた。

 

僕は結構神経質な人間で、些細なことを気にしたり小さなことで悩んだりしてしまう人間で

 

言いたいことを素直に言えなかったり、腹が立ってもその場で怒れなかったり、変に気を使ってしまって自分がしんどい思いをしたりすることが多々ある。

 

そんな時にせいじさんの話を聞くと、胸がスカッとする。

 

結構毒舌で、めちゃくちゃ言ってるのだけど

 

言ってることに筋が通ってるし「そう!!そこを言いたいねん!!」というように

 

自分が経験して腹がたった時に言い返せなかったことを代弁してくれているような気持ちがしてめちゃくちゃ気が楽になる。

 

 

例えていうなら、町の悪人にひどい目に合わされている町娘が「誰か助けて〜」って思ってる時に颯爽と現れて悪人をボコボコにしてくれる

 

遠山の金さんみたいな存在なのだ。

 

小さいことにくよくよしてしまいがちな僕のようなタイプに本当にオススメ(笑)

 

その千原せいじさんが本を出していらっしゃるというので購入して見た。

 

「がさつ力」


がさつ力 (小学館よしもと新書) [ 千原 せいじ ]

 

すごいタイトルだ・・・。

 

タイトルもさることながら帯に書いてある文言もすごい

 

「人と打ち解けるのに時間を使っている暇はない」

「むかつく人間にキレても僕の影響はない」

「知らないを恥だと思うな。全部聞け!」

「「できんことはできん」で楽になる」

「仲間を作るのに人徳はいらない」

「教育方針は「俺は親父えごめんな」」

 

「がさつとは合理性である!」

 

世の中にいろんな自己啓発本がある中でこの本もそのうちの一冊に含まれるのかもしれない。

 

僕がこのブログやVoicyなんかで喋っていることも多少同じような部分もあるのだけど

 

この本に綺麗事は存在しない。

 

徹底的に合理主義の考え方で、「人に好かれるためにどうするか」とか「人間関係の悩み」なんかを吹き飛ばしてくれる内容ばかりだ。

 

もしかしたら、この本に書かれていることは他のえらい心理学者や大学の先生も書いていることなのかもしれない。

 

けど、この本に書いていることをその先生がたが実践しているかどうかはかなり怪しい。

 

というか信用性がない。

 

顔も見たことない、声も聞いたことがない人間の書いた本なんか全然心に刺さらない。

 

せいじさんの人となりはテレビで全部ではないだろうけどだいたいわかっている上でこの本を読むと

 

内容の素晴らしさがさらに心に刺さるに違いない。

 

僕にとってはここ何年かで一番心に刺さった本だ。


がさつ力 (小学館よしもと新書) [ 千原 せいじ ]

 

「チハラトーク」のせいじさんのトークを聞いた上で読んでいただくとより本の内容が楽しめるので「Amazonプライム・ビデオ」の「チハラトーク」も同時に見ていただくことをオススメします。

 

【話術】感情に振り回されると内容が伝わらない〜喋りがうまくなるブログ

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

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コンバンワ。

 

桂三四郎です。

 

僕は自他共に認める色白男子です。

 

海に行っても写真のように真っ白な体で日焼けはなかなかしません。

 

前から見るとこんな感じです。

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嘘です。

 

完全なる嘘をつきました。

 

優しい皆さんは怒っていないだろう。

 

些細なことでカチンときてしまう人は世の中にたくさん存在する。

 

喋りにおける感情

喋りにおいて感情というのは必要不可欠なものだ

全く感情を込めずに話をされても

全然頭に入ってこない!!

文字を音声で読み上げるだけで全てが伝わるなら

喋りの仕事は今後全てメカが担当するだろう

 

いや、メカって!!

 

人間の耳というか脳なのか

とにかく人間の聴く力というのはすごくて

自分にとって必要でない情報はあまり聞こえないように自然と取捨選択してるのだそうだ。

だから自分が興味がないことや自分にとって必要ないことは脳が自動でシャットダウンして耳に残らないようにしているのだ。

だから人混みの中でいろんな人間が喋っていても全然なんの話しているかわからなかったり、世の中にある全ての音が耳に入ってきてうるさくて聞こえないということはない。

だから補聴器をつけている方なんかは周りの音全てが大きく聞こえてしまうからとても大変なのだそうだ。

人間の耳というのは自分に必要な情報だけをより分けるようにできている。

 

え?嫁さんによく「ちゃんと話聞いてる?」っていっつも言われる?

別に聞こうとしていないわけじゃないけど話が耳に入ってこない時がある?ですって?

 

それは脳のせい!!

 

人間の耳の性能の良さ!!

 

だから奥さんに

 

「ちょっと!!私の話いっつも聞いてないよね!!」

 

って詰められたらこう返そう

 

「人間の耳ってすごいよね!!不必要な情報が入ってこないように選んでくれてるんだよ!!僕の耳って優秀!!」

 

多分、ボコボコにされた上、耳なし芳一みたいにされます。

 

喋りに感情を込める

 

全く感情を込めずに喋ったら、さきほど書いたように耳の性能によってシャットアウトされてしまうかもしれない

 

簡単にいうと聞き手の意識が

 

「こんな感じで喋ってるようなことなら大したことじゃないだろう」

 

となって耳に入らなくなってしまうのだ。

 

ただ、感情を込めると行っても込めにくい言葉もある。

何にもない平坦な文章に喜怒哀楽をぶち込むとそれはそれで違和感を与えすぎて伝わりづらくなってしまう。

 

感情というよりも、言葉に命を吹き込むという表現の方が良いかもしれない。

 

生きた言葉というのはちゃんと明確に意思のある言葉ということ

 

誰が誰に何を伝えたいかという意思が言葉に乗っているかどうかが大事なのだ。

 

落語が最たる例

 

落語というのは基本的に登場人物の会話だけで物語を進めていく

 

誰が誰にどういうことを伝えているということが観客にわからなければ落語として成立しないのだ。

 

「落語の途中で誰が誰なのかよくわからなくなりました」

 

というのは落語家にとって一番最悪な感想で、ここをわからせることができなければ落語という芸ですらないと行ってもいいくらいだ。

 

はっきりいってプロでもそういう方はいます。

 

覚えたセリフをスラスラ喋って、右を見て左を見て仕草をしながら喋ってるだけの人。

 

 

感情、人物描写等を省いてしまっている。

 

何を言っても笑ってくださるいいお客様の時はそれでもウケているけど

 

ちょっとおとなし目のお客さんだと全く笑いが起こらなかったりする。

 

なんとなく型通り上手に喋ってるように聞こえるけど言葉が生きていないので心に全然刺さっていない証拠だ。

 

だから生きた言葉を喋ってないとプロでも伝えられないこともあるのだ。

 

感情を込めればいいというものじゃない

じゃあ、とにかく感情を込めて喋ればいいかというとそういうものではない

 

喜怒哀楽を詰め込むだけ詰め込んだとしたら

 

しっかり言葉が生きているにも関わらず内容が伝わらない。

 

一番わかりやすいのが「怒り」の感情だ。

 

言葉に一番乗せやすい感情ではないだろうか。

怒りのままに言葉を相手にぶつける。

言いたいこともスラスラ出てくるだろうし

声も自分が思っているだろうし

表情もしっかり出ているだろう

 

ただ、伝わるのは内容ではなく

 

「俺は怒っているんだぞ!!」

 

という感情だけ。

 

聞いてる方も相手の感情に気圧されて何を怒っているのか理解するより先に

 

「えー!!メッチャ怒ってるやーん!!」

 

っとなってしまって反省とか内容とかなんか全く耳に入らなくなる。

 

だいたい「怒っている人」というのは自分の都合だけで怒っているのであって「怒られている人は」その「怒っている人」の都合というものはほとんど伝わっていない

 

だから伝えるべきことは感情ではなく内容が大事

 

他の喜哀楽も一緒で

 

感情が先行しすぎると肝心な内容が伝わらなくなる。

 

感情をのせるということにとらわれすぎず生きた言葉で喋ることを意識することが相手の心に刺さる喋り方ができるようになる第一歩だろう。

 

Voicyでもこの話題に触れています。

voicy.jp

 

犬〜桂三四郎の足跡

2011年8月26日の過去日記です。

 

ぼくは犬があまり好きではありません。


というか苦手です。



大小かかわらずあまり近づきたい存在ではないのです。



ぼくの友達には犬を飼っている人がたくさんいて


犬すきちゃうねん


っていうと心が冷たいみたいな事を言われるのがふにおちない。


犬ってなに考えてるかわからんし、予測出来ない行動するからびっくりするねん


って言ったらみんな口を揃えて



うちの子(犬とはいわず子という)は賢いから考えてる事わかるよ


ってのたまいます。



絶対わかってへんと思うわ



そんなもん、腹減ってるときとウンコしたいときと散歩したいときだけわかったくらいで犬の考えてる事わかるといってしまうなら



そんな事しか考えてない犬を頭いいと断言してしまう人の頭の良さに不安を覚えます。



でも



うちの犬、アホやから可愛いねん



この気持ちは非常によくわかります。


なに考えてるかわからない、予測不能な行動や


突然の排泄や、飛来物による異常興奮


メス犬への発情



などを見て


アホやから可愛いねん


っていうのは非常によくわかるねんけどね。



てか、犬ってめっちゃ興奮しよるでしょ


だからいや



ネコは比較的クールだから好き。



でも、ウンコしたら扱いはでっかいウンコに変わります。


うちの家は小さい頃に僕も妹も


『ペットを飼いたい』



と言い出した事が一度もないのです。



実際、飼ったのは祭りですくった金魚と、もらいもんのハムスターだけ。



どっちも母親が世話してて



いつのまにかいなくなっていました。


金魚はいなくなってからも、水だけ入った水槽は3年くらい家にあったけど…




あ、犬嫌いってネタつくろかな。


【話術】照れなんかゴミ箱に捨ててしまえ〜喋りが上手くなるブログ

どうも!!

 

手拭い屋さんです!!

 

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今日もたーくさん送りましたよー!!

 

注文ありがとうございますー!!

 

ベイスを立ち上げて6日目

 

さすがに勢いが落ちてきたぞー!!!

 

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在庫もだいぶへってきた(笑)

 

あとたったの140本!!!(笑)

 

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だいぶ売れとる!!(笑)

 

はよ、手拭いインフルエンサーから卒業したいわ!!!

 

 

桂三四郎の喋りが上手くなるブログ

 

照れなんてゴミ箱に捨ててしまえ!!

 

喋りだけでなく表現者にとって一番邪魔な感情

 

それが

 

「照れ」

 

こっぱずかしいとおもってしまう気持ちが一番不必要なものなのだ。

 

演者と観客の感情の一致

 

表現者が照れてしまうと

 

聞いてる人も恥ずかしくなってしまう

 

不思議なもので、表現者が

 

「これめっちゃ面白い!!」

 

っておもって表現するから面白く聞こえるのであって

 

「いやいや、つまらない話ですが」

 

なんて遠慮されると本当につまらなく聞こえてしまう。

 

怒ってる人の話を聞いたら怒りの感情が伝わって腹立ってくることもあるでしょう?

 

感情移入して感動しながら話している人の話はこころを震わせられます。

 

だから照れて話すと

 

相手も恥ずかしいのです。

 

笑いながら話すど素人

 

喋りにおいて知らず知らずのうちに照れが出てしまってる例もあります。

 

こんなひといるでしょう?

 

オチのところで笑いながら喋ってしまう人

 

これは自分の話が面白くて笑っているのではなく

 

恥ずかしくなって自分で笑ってごまかしているのです。

 

このど素人が!!!!

 

人笑わせる前に自分が笑ってしもたらぜんぜん笑われへんやないかい!!

 

笑いの基本中の基本です。

 

僕はこれを小学校四年生の時の担任、芝本先生に教えてもらいました。

 

どんな学校や!!

 

「どんなおもろい話でも笑いながら話したらぜんぜんおもろないやろ?テレビで芸人さんは自分の話で笑ったりせんやろ?そういうことや」

 

どういうことや!?

 

前後の話はぜんぜん覚えていないけど

 

こんなことを小学生に教えてしまう関西の先生すごいな!!

 

プロでも照れることもある

 

こんだけ言っておいてプロでも照れるんかい!!

 

と思われるかもしれないが

 

プロでも照れます。

 

先日の独演会での

 

「扇の的」

 

そして人情噺

 

「感動の舞台裏」

 

扇の的のネタは、他のネタと違ってめちゃくちゃカッコつけないといけないネタだ

 

笑わせることにはぜんぜん照れはないけど(一発ギャグとかはでけへんよ。照れ以前にできない)

 

カッコつけるということがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。

 

でも思いっきりカッコつけないと噺の良さが伝わらないのだ。

 

俳優さんの凄さやジャニーズの人たちの凄さがあらためてわかりました。

 

人情噺にしても、笑いと関係ない感情表現をするという恥ずかしさ

 

でも思いっきり感情を表現しないと

 

物語が伝わらないのだ。。

 

本当に俳優さんの凄さがわかりました。

 

やはり自分が持っていないものを表現するときというには少なからず「照れ」を感じてしまうことがある。

 

もちろん舞台でお客様にわかるような照れ方ではないけど

 

やはりある。

 

ぼくの「扇の的」を舞台袖で見ていた先輩に言われた。

 

「三四郎、お前ちょっと照れてるやろ。お前はニのセンが、似合うねんからもっと思い切ってやらなあかんで」

 

見抜ける人には見抜けるのだな

 

そこから、自分が思っている3倍くらいカッコつけてやるようにしてみた。

 

すると、緩急のつけかたがグッと引き立って

 

作品としてすごく良くなった。

 

そして、ふりきってみたら意外と恥ずかしくないということも気づいた。

 

そう、中途半端にやるから恥ずかしいのだ。

 

「恥ずかしい」とか「照れくさい」を感じたら

 

思いっきりふりきって表現してみるといい

 

ふりきってやることに慣れたら

 

もうひと段階上のレベルに上がれるはずだ。

 

自分と他人の見方の違い

 

じつは、開き直ってかなりオーバーに表現しても

 

他人から見たら、そこまでオーバーな表現ではないことが多々ある。

 

やはり、心のなかにストッパーがあるのか

 

意識してもなかなか藤原竜也さんみたいな感情表現というのはできないもんなのだ。

 

藤原竜也さんくらいすごい感情表現ができたら

 

あっという間にスター俳優になれます。

 

だから自分が思っているよりオーバーに表現しても大丈夫。

 

ただ、たまにプロでもリアリティのかけらもない過剰表現をする人がいる。

 

まあ、やはりただ単にオーバーアクションなだけでぜんぜん面白くないのだが

 

これはまた別で

 

「照れ」を捨てているのではなく

 

「恥ずかしい」という感情がないままにただただ大げさに表現してるのは

 

ただの「恥知らず」であるということ

 

丼に牛丼の具を大盛りにしすぎてテーブルに溢れまくってるようなもんで

 

見た目も汚らしいし、量が多すぎるうえに味が濃い

 

ようなもんだ。

 

何事もころ加減のバランスが大事

 

「照れ」という感情を分かった上で乗り越えるということがなにより大事だということ

 

「恥ずかしがる」という人は

 

「全く恥ずかしがらない」人より

 

表現者に向いている。

日本人の好きなパターン〜桂三四郎の足跡

2011年8月11日の過去日記です。

 



韓国ドラマ『悲しき恋歌』
の第一話を見た。

面白くなりそうな予感

でも韓国ドラマって

小さい頃からの恋心を抱いた二人が

離れ離れになって

大人になって再会

でもその頃にはヒロインの近くに気になる人がいて

そいつと主人公の三角関係になる

で、その気になる人は悪の組織と関わりがあって

または、彼女がなんらかの理由で悪の組織に狙われていて

彼女を自分の者にする為に悪の組織と戦う

または、悪の組織に復讐する。


みたいなパターン多くない?

だいたい韓国ドラマって絶対といっていいほど


三角関係

復讐

ってテーマが好きやなぁ

そしてもう一つの鉄板テーマが

ヒロインが不幸

まだ、そない韓国ドラマみたわけぢゃないけど

韓国の国民性が

悪の組織と対立しながら昔の恋心を復活させた主人公が三角関係に勝利し
真実の愛を手に入れる

主人公は喧嘩が強くて貧乏

ライバルは金持ちのボンボン

ヒロインは不幸

ってパターンが大好きなんやろな〜

まあ、もちろんファンタスティックカップルみたいなコメディタッチの作品もあるけど

それでも、このパターンは踏襲されてるで


あと、純愛ってとこね。


サランヘヨ(愛してる)ってほんま最後の方まで全然いわへんからね!!

セックスシーンどころか

キスシーンも最後の方まで全然せえへんからね!!

ビバリーヒルズ青春白書なんか一話45分の間になんべんキスシーンあるか

でも、このパターンが逆に日本でははまったんやろなぁ

でも日本人も好きなパターンってあるのよ。

ドラマじゃなくてマンガなんやけど

めっちゃ才能のある主人公が努力して力をつけていく過程で

強力な特技を持った仲間が増えていき

力を合わせて強力な敵に立ち向かい

時には敗れて悔しさをかみしめながらも

その敗戦をバネにさらに強くなって、仲間と絆を深めて

前まで勝てなかった敵に勝利する。

ほなまた新たな強敵があらわれる

このパターンは日本人の大好きな話のパターンなのです。

ヒット作にはこのパターンがたいがいあてはまります。

これなんかどっかで聞いたことある設定じゃないですか?


そうです。

ドラゴンボールです。

ワンピースです。

スラムダンクです。

キャプテン翼です。

ろくでなしブルースです。

ルーキーズです。


友情、努力、勝利の法則

ジャンプコミックスのパターンなんですね〜。

でも、このパターンはもはや男子向けマンガだけにとどまらず女子向けマンガにも当てはまってるんですね〜


その代表作が


セーラームーンです。


他にもなんと三四郎に多大な影響を与えた名作

のだめカンタービレ

これもまさにそのパターンにズバリあてはまるんです。

このパターンを初めに作った人はだれなんでしょうか?

それは、滝沢馬琴です。

だれって思ってるでしょ?

歴史の授業で習ったのではないでしょうか

『南総里見八犬伝』

この作者です。

詳しくはWikipediaで調べてちょんげ

でも、この滝沢馬琴は中国の『水滸伝』という物語に影響を受けて八犬伝を作ったと言われてる。

つまり何が言いたいかって長くなったけど、古典は素晴らしいんだよって事

クラシックであり、落語であり、南総里見八犬伝であり

古いものでも根本は一緒やねんでっ事だね〜


だから三四郎ブログ読者の皆様、どうか古典から目を逸らさずに新しい感性でうけとめてください。

朝四時半にブログ書いたので正直、最後は何が言いたいかわからなくなりましたが

これも昔からのことわざの


竜頭蛇尾


というパターンなんでやっぱり古典というものは素晴らしいです。